[隠逸花]

 遺伝の妙というものか、双子の兄弟である晶(あきら)と慧(けい)は美しかった。男前という訳でなく、女のような色香を有していた。


 当然というべきか、双子の母は美しい。不健康に映るほど肌は白く、体は華奢で、顔立ちは恐ろしく整っていた。そして常に優しく、上品な笑みを湛えていて、双子はそんな母が大好きだった。

 しかし、父はよくわからない。双子が幼少の時には戦争に行っていて、そのまま白木の箱となったからだ。遺体の代わりに箱の中に転がっていた石ころ。双子には父の印象はそれしかない。写真が嫌いな人だったのか、姿を残しているものは殆どなかった。

 ただ、箱を抱えて泣き崩れる母を見て、双子は悲しくなった。初めて見る、母の涙だった。


 双子が経験した戦争の苦しみはそれと、疎開してきた子供たちに兄の方がいじめられたことくらいだ。

 大人になった今ではあの子供たちを思い出すと双子は同情の念も覚えられるが、当時は厄介で、醜い悪童共がやってきたものだとしか思えなかった。否、同情しか残っていないのは慧で、晶はふとしたときに回想すると苦いものが込み上げてくる。

 最初は学校から水連村へ戻る長い帰路の途中、双子は一緒に襲われた。背後からいきなり殴られた晶は倒れ、慧は振り向いて怒鳴った。

 幼稚な発想から、襲撃者三人は顔に布の切れ端を巻いていたがすぐに疎開児の誰かだとわかる。汚れていて、痩せていて、みすぼらしい。双子はあまり疎開児と関わったことはなかったが、家が富んでいて身なりの綺麗な双子の美童は目立ちすぎていた。

 白飯が食える平和な田舎で育ってきた幸福な子供に、不幸な子供が躍りかかる。慧は少女のような容姿に反して喧嘩が強く、俊敏に立ち廻り、見事疎開児たちを追い払った。その間、晶は地面に坐ったまま怯えているしかない。最中、疎開児の顔から布が取れていた。

 これだけの出来事なら、晶の腹に苦いものは残らない。慧はこの事件を告げ口しなかった。晶も慧のそんな性質に従った。それがいけなかった。疎開児は普段、白飯を食える連中からは差別されており、いじめるのではなく、いじめられる側だ。特徴でも伝えれば、事件の犯人は――犯人でなくとも――先生や生徒から凄まじい制裁を受け、双子で鬱憤を晴らそうという疎開児の最後の気力は圧し折られていたであろう。

 以後、外見通り温和(おとな)しく繊細な性質の晶に疎開児は悪戯をするようになった。傍に弟がいない時を見計らって、三人の疎開児は晶を捕まえて学校の裏手にある藪へ放り、押さえつけて衣服を奪った。草木が晶の肌に傷をつけていることに気がつくと悪童は扱いを優しくしつつも、下着も脚から引き抜く。

「おおっ、本当女みたいだ。いいか、このことは誰にも言うなよ。殺すぞ」

 空襲で焼ける家を家族を、機銃掃射で穴を穿たれた校舎を級友を見てきた疎開児たちの目で凄まれ、恐ろしすぎて晶はただ頷くことだけしかできなかった。母譲りの日に焼けない体質に守られた白い肌を浅黒い手が撫で廻す。

 強い弟に頼りたかったが、告げ口をする勇気が湧かなかった。傷や痣をつけられる訳ではなかったから、察してももらえない。それに繊細な性質が災いして、晶は告げ口するのが怖いだけでなく、恥ずかしいという気持ちがあった。

 幼心ながら、悪童に体中を撫でられて自分のなにかが穢されたような気がしたのだ。そして誰にも言えず、抵抗もできず、晶はより辱められていった。

 藪の中。幼茎を掴まれてからかわれた。尻の穴まで見られた。蚰蜒(げじげじ)を肌に這わされた。悪童の垢の溜まった幼茎を嘗めさせられた。小便をかけられた。大きな声を出したら脅かされるために声を押し殺し、どれも乙女のように、華奢な体を震わせ、肌を朱に染め、啜り泣いて耐えた。

 疎開児たちの憂さ晴らしの相手を、晶はラジオから終戦を告げる玉音放送が流れるまで務めたのだった。


 その後、双子と母は戦功を挙げていた父の恩給を貰いつつ、村の外では飢え死にする者も多い世間で仕合せに暮らした。慧は煙草を吸い、酒を飲み、偶に喧嘩沙汰を起こす放蕩児に育っていたが弁えはあり、大好きな母を泣かせるようなことはしなかった。晶は勤勉な若者になっていた。そして大人の男に近づいても、双子は女形の如きなよやかな美貌を保っている。

 しかし、双子が成人する二三(にさん)年前に母は肺を病んだ。

 亡国病、結核(テーベ)。肺炎と伝えられたが、床(とこ)から起きあがることも、一匙のスウプを飲むこともできなくなった頃から医者と家族の嘘を母は見破っていたであろう。そのまま為す術もなく、亡くなってしまった。

 葬儀中、慧はずっと泣いていた。晶は色々な悲愴の場面――母のたおやかな美が窶れ衰弱していく様(さま)、すッと静かに息を引き取る様――で涙を滲ませてはきたが、葬儀ではぼうっとしていた。ただ、棺桶の中で白菊と同化してしまいそうな母の屍体を綺麗だと思った。いつか画集で見たオフィーリアと重ね、見蕩れる。

 火葬してしまうのが惜しく、出棺の時に晶はようやく視界が潤むのを感じた。火葬場の煙突から不快なにおいの濃煙が空へ昇っていく様に、慧はさらに慟哭する。悲しみを通り越して麻痺したようになっている晶は、慧の情感をありのまま表現できるところを羨ましく思いながら、その震える肩を抱いた。


 羨望と憧憬。晶は子供の頃から弟が眩しかった。

 村の役場に勤めている晶に対して、ぶらぶら遊民をしていた慧は母が死んでから酒を飲み、遊び歩くのを控えていたが、暫くすると復活した。憤慨するところであろうが、晶は安堵した。元気が出てきたのだなという思いと、弟には勤勉などになってもらいたくないという思い。晶は自分が真面目な訳ではなく、勉学と勤め以外することがないだけだと自嘲している。

 慧は自分の中性的魅力をわかっていて、それを引き立てるように髪を肩まで伸ばしていた。だから眩しい弟に倣って晶も男にしてはやや長めな程度に髪を整えている。煙草は弟が愛飲しているゴールデンバット。酒は苦手で飲めない。

 ――俺はインテリぶった、ただの玉なし。

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